食物繊維豊富な昆布から食べた
先週の金曜日に、3か月に1回の内科系の定期通院に行ってきた。
この日は尿検査も血液検査もそれ以外の検査(心電図など)もなく、ただただ医者とお話しし薬を出してもらうだけなので、朝の食事に気を遣う必要は全くないのだが、でも私は麻婆炒飯を食べたりすることはなく、質素な生活をする仙人のように ――仙人の知り合いがいないのでその詳しい生態はわからないが―― 玉子粥を作って食べた。
というのも、
前々日に届いた、8月4日に受診した人間ドックの結果が「何かの間違いではないか?」というくらいひどい結果の項目がいくつかあって、なんとなく質素な食事をしなければならない気分に支配されていたからだ(でも前日に「コープさっぽろ」で買って残っていた
惣菜のチキンステーキは食べた)。
そして、この日はそのドックの結果 ――その内容については近日中に『
新館』で報告する―― を医師のところに持って行って見せびらかなきゃならないのだった。
通っている病院はあのころはまだ建っていなかった
前日の天気予報では朝6時までに雨はすっかり上がるはずだったのに、朝起きるとさりげなく予報は変わっていて、9時までは雨が降ることになっていた。しかも、そのあとも突然の激しい雨が降るかもしれないのでお出かけの際は雨具が必要とも言っていた。
たぶん私は雨にはあたらないだろうと根拠のない自信はあったが、でも突然のゲリラ豪雨のことを懸念し、この日は車で病院まで行くことにした(たまたまこの日、妻はバイトが休みで車を使う予定がなかった)。
駐車中のわがインプレッサ号がワケが分かっていないよぼよぼの年寄りが運転するもみじマーク車にドアパンチとかされないように ――だから車で行くのを避けているのだ―― なるべく病院の玄関から遠い位置に車をとめた。
私が通院しているのは「渓和会 江別病院」である。
開院したのは(病院のホームページによると)昭和62(1987)年。
そりゃそうだ。私たちが大学を卒業したのは1985年の3月だったのだから。
いつのまにかローヤルハイツの建物は取り壊され、(たぶん)その場所だったところは江別病院の第2駐車場(未舗装)となっている。
その江別病院は、隣接する「野幌団地」が建っていた場所に新築移転する。
いまは整地作業の真っ最中。
そしてまた、病院横のファミリーマートとの間の道路(野幌町48号道路)も拡幅工事中だ。
若い医師に慰められ
診察前の看護師との問診で、あらたに前立腺肥大と頻尿の薬を飲み始めたことと、人間ドックの結果 ――その内容については近日中に『新館』で報告する ← しつこいようだが―― を伝える。
診察室に呼ばれ医師と対話。
私はなぜこうなったのかわからないという気持ちをこめて「こんなにいろいろとへんてこな数値が出ているなんて信じられないのです」と、欧米人のように肩をすくめて両手の手のひらを上に向けて(このジェスチャーは shrug というらしい)訴えた。
医者曰く「この結果が正しいかどうか……。あくまで参考と捉えましょう。深刻に考えなくていいですよ」と、この傷心の(そのくせ不摂生な)爺やを慰めてくれた。
そして3か月後の次回の診察の際に採血して検査をすることにした。
診察を終え、玄関ホールの方にある会計窓口へ。
診察室や待合室からには窓がなく外の様子はわからなかったが、ここに来てガラス越しに外を見ると、気が狂ったようなどしゃ降り。まさにゲリラ、cats and dogs。
ところが会計を済ませて、近くの調剤薬局に行こうとしたら雨はすっかり上がった。
私は奇跡の人か?
薬局に入ると、またまた突然のどしゃ降り。
私は何者だ?
薬が用意され名前を呼ばれ薬剤師とたわいもない言葉を二言、三言交わし(向こうから話しかけてきたのだ)、会計を済ませ回れ右すると、なんてことでしょう!窓の外はすっかり雨上がりの景色ではありませんか!
私は尊か?
結局、私が外に出ているときは雨にあたらないで済んだ。
ということは、車でなく自転車で来ても問題なかったということか。
いやいや、自転車のサドルがびちゃびちゃになっておもらししたみたいに濡れてしまうから、やっぱり車で来て正解だったのだ。
♪ MUUSAN の今日の一曲 ♪ グローフェ(Ferde Grofe 1892-1972 アメリカ)の組曲「
グランド・キャニオン(大峡谷。Grand Canyon)」(1931初演。全5曲)から、第5曲「
豪雨(Cloudburst)」。