tabiメモ - 記事一覧
| 発行日時 | 見出し |
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| 2025.12.20 |
子どもに新しい習慣を身につけさせる工夫をしてみた
9歳児が家で簡単な生活習慣を身につける方法を工夫しある程度手応えがあったのでメモ。 仮説:既にある習慣に新しい習慣を足すと身につく今できている習慣の直後に新しい習慣を行うことで、それらがひと繋ぎの習慣として身につくという考え方。読んだ本の一節にそういった記述がありました。 https://amzn.to/4qfpglh amzn.to 実践:家に帰る+コートをかける我が家の9歳児の帰宅後の課題の一つが「コートをその辺に置いてしまう」というもの。そこを改善しようと意識づけを試みました。次のように声かけ。 ・今日からコートをかけよう ・家に入ったらそのままコートをかけるクセを作ろう ・名付けて「家帰りコートかけ」 今回の工夫で一番の肝になるのは三つ目、合体した習慣の言語化なのだと思います。そこにこだわりました。 上の3つを伝え、あとは毎日一緒に帰宅する自分が「家帰りコートかけ!」と唱えながら先にコートをかけました。 結果9歳児が自分でコートをかけるようになりました。 数日間、自分の後に続いて「家帰りコートかけ」と楽しそうに言いながらコートをかけていた9歳児。4日目だったか5日目だったかに自分から先に家に入りコートをかけました。 新しい習慣作りは「まず4日続けばとりあえずの成功」とどこかで聞いた覚えがあります。続けばいいんですが… おわりに些細なエピソードでしたが、我が家としてはメモに値する大事件。他のいろいろな場面に転用できないかな〜と色々企んでみたいです。子育てはもちろん、学校での指導にも活かせそうな気がします。 |
| 2025.09.09 |
時間がないという8歳児と時間の話をしました
![]() 時間は作りだすもの 時間のなさに嘆く8歳児学童→やり忘れた宿題→公文の流れで8歳児が遊ぶ時間の少なさに嘆いた話です。 17時30分に学童を出る8歳児を退勤中の自分が拾い、家に着いて17時40分ぐらい。 今日は公文に行く日だったけど、宿題が一つづり分だけ終わっていなかったのでそれをやることに。学童で終わらせるつもりが問題を家に忘れていたらしい。途中軽食も取りつつ18時20分。 2人で車に乗り家を出発し公文に行くも、今日の自由時間が少なくなりそうなことを考え悲しくなった8歳児は規定の量を終える前に気持ちが折れてしまい、先生の判断で学習を途中終了しましたと車で待っている自分へメールが来る。 結局家に着いてコンビニで買ったご飯を食べ終えたのが19時30分。学童で学校の宿題と家庭学習ノートをやっていたので自由時間は20時40分まで。(この二つがまだだと20時まで) その後お風呂に入ってベッドへ行き、ゴロゴロしつつ21時30分消灯。 と、今日はこんな感じの日でした。 どの時間を増やしたいのかを考えたらいいと思う8歳児とお風呂の中で次のような話をしました。
だいぶ哲学的な話になりましたが、きっと理解してくれるだろうと思い投げかけてみました。 8歳児は明日、学童で公文宿題と学校宿題を全部やるのだそうです。 どうぶつの森にハマっている彼女にとって、今一番作りたい時間は「家遊びの時間」なのでしょう。 時間をうまく使える人であってほしい。損得勘定でいいので時間を意識してみてほしい。 とりあえず伝わったようで。 あとは親にできることは、明日の朝、8歳児が公文の問題を持ち忘れないようフォローしてあげること。せっかく時間を作ってエンジョイしようとやる気を出しているので、それを成功体験で終えさせてあげたいものです。 |
| 2025.09.08 |
『神様のカルテ0』(夏川草介) 読書感想
シリーズの中で唯一まだ読んでいなかった一冊。さっさと読めばよかったです。
好きなシリーズなので色々な感情を浮かばせながらページを進めてました。一気読みしたので感想を残します。 手に取ったきっかけ職場のある自治体の公共図書館の司書さん達と仕事で関わることが増えたので、退勤時にそこに寄って本を数冊借りるという習慣が最近続いています。 夏川草介さんは元々好きな作家で大体の著書は読んでいたのですが、図書館で夏川さんの本を配架してる場所がたまたま目に入った際、この『0』を見つけ、シリーズでこの本だけまだ読んでいなかったことから手に取りました。 物語の要素
感想神様のカルテでは第一話から主人公「栗原一止」が多忙の日々を送る様子が描かれています。ではそんな栗原先生がこの年中無休の忙しい病院の門を叩いたきっかけはどうだったのか、新人の頃はどんな日々を送っていたのか。今回読んだ『0』ではその辺が詳細に描かれていました。シリーズのファンにはたまりません。 栗原先生に限らず、4つの短編の中でシリーズの他の登場人物を主人公にしてそれぞれの過去が語られていきます。 自分はこの神様のカルテの世界で後々何が起こっていくのかを一通り把握してしまっています。その視点から4つの物語を見ると実に色々な感情が湧き上がってくるんですよね。このセリフを語ったこの人物は後々ああなっていくんだよなぁという感じで。何とも言えない感覚です。 逆に、「ああ、だからこの人はこういう物の言い方考え方をしていたのか」と登場人物の内面を新たに発見することも何度もありました。 引用
死を間近に迎えている元国語教師の男性の主治医となり家を尋ねた栗原研修医に対し、その男性が語った言葉。以下、やりとりが続きます。
この問答の直後、主人公の栗原医師はその答えを意外なものと驚き学ぶことになるのですが、読んでいた自分もまた衝撃を受けました。 読書を通して自分以外の人生を追体験するという考え方は読書の意義の一つとして元々考えていました。 が、そこから他者を理解し他者に優しくなるという答えは考えたこともありませんでした。あくまで「人生2週目状態になれるぞ自分を高めるぞ」ぐらいにしか考えていませんでした。 思えば『神様のカルテ0』という一冊は他者理解を読者に体験させる内容のように思えます。登場人物の意外な側面を見せ、人というものは簡単に嫌ったり責めたりをきめてしまうものではないんだと。相手の意図や背景をどうにか察しようとする姿勢が大切なのだと。この本での読書体験はまさに「ああ、そういう背景があったのか」の繰り返しです。
小学校教員の端くれとして胸に刻んでおきたい至言。子ども達に求めていきたい優しさの一つの形として。 兎にも角にも自分としてはこの栗原研修医が元高校国語教師の患者から受けた会話、というよりも授業が特に読んでて心に残りました。 |
| 2025.09.03 |
インチュニブとアリピプラゾールの服用を始めた8歳児の様子あれこれ
医療系の話題になってしまうので、あくまで体験を主観で語るスタンスで。 ![]() うちの8歳児がインチュニブとアリピプラゾールを飲み始めてそろそろ2ヶ月半になります。その間、薬の量を増やしたり減らしたり種類を追加したりなどあったので、ここで一度メモにします。 インチュニブ1mg薬を使うと決まった最初の段階ではインチュニブ1mgからスタートしました。通常は2mgで安定させるため、まず1mgで体を慣らし、副作用を見ながら2mgに増量するとのことでした。 薬を飲んでわりと早くに、学校と学童から「寝ています」との連絡が。 家でも脳への刺激(ゲームや会話等)が途絶えるとちょくちょく寝ていました。 車でもよく寝ました。 一旦寝ると1〜2時間起きない感じでした。 1週間ぐらい経って、寝る頻度はいくらか治ったと感じたのを覚えています。もちろん寝るときはありましたが。 インチュニブ2mg15日間1mgで過ごし、次の通院の際に2mg(1mg×2錠)に増量しました。 増量して数日、それまでいくらか収まっていた眠気がまた強く出ました。 苦手な活動を避けて廊下で転がってそのまま寝る。 眠いと言って机に伏せて寝る。 医師と嫁様の見立ては学校の授業がつまらなくて刺激が足りなくて寝るのでは?と。WiscⅤが高めに出ていたのでその側面はあると思います。が、メインはもちろん薬の副作用によるものでしょう。 嫌いなことや失敗に対し気持ちが強く振れて、一気に拒絶して塞ぎ込む。すると脳への刺激は無くなるからそのまま眠気に襲われてしまう。なんとなく問題の根っこが見えてきていました。 一方、インチュニブのメリットが見えたのもこの頃。 「これをやって次にあれやって、それは重要だから先にやらなきゃ」 そんな動きを家で常に見せるようになりました。「やりたいこと>>>>やらなきゃならないこと」だったのが、「やりたいこと<やらなきゃならないこと」に変わった感じです。 何より、一つ一つの動き出しが早い。宿題だとか、食器の片付けだとか、ランドセルの手紙を出すだとか、小さなことですが、それらをサッとやるようになったのは大きな変化だと思います。 26日分の薬を出してもらったこの時期の最後の方は公文式に通い始めたのですが、公文の宿題も毎日遊びの前に済ましていました。 インチュニブ2mgとアリピプラゾール1mg次の通院で、学校で起きている「キレる、落ち込む」といった問題が続いていることを話しました。エピソードの中には行事の練習で落ち込んで思考が極端になった(パニック?)結果、友人の冗談を間に受けて吹き抜けから飛び降りようとして周囲が急いで止めたなんていうものもありました。 それを受けて、気持ちを起伏を緩和することを目的にアリピプラゾール1mgが追加されました。自分は小学校教員で特別支援学級を担当することもあるのですが、この薬名は初耳でした。勉強が足りませんね。 学校と学童ではぼんやりとするようになり、やはり寝ることが多々あったようです。 家や外出先で一緒にいると、声がとても小さくなったなと思いました。 メリットがあったか尋ねてみると、学校では少しは変わったかなぁという反応。学童ではケンカや攻撃的な行動は目に見えて減ったとのことでした。 家ではいつの間にか昼寝をするという姿が見られなくなったように感じていました。スプラトゥーン等イライラを誘発する類のゲームをしていて攻撃的な独り言を叫ぶ姿がめっきり減ったなという手応えがありました。 この頃、特別支援学級への転籍準備を進めていましたが、そうそうすぐに行けるものではありません。最も重要で最も早く動くべき対応である「環境調整」を叶えてあげられないまま、薬による対処療法は進んでいきました。 インチュニブ1mgとアリピプラゾール1mg1ヶ月後の通院。眠気が出ていると学校&学童から聞いた旨を医師に話したところ、インチュニブを2→1mgに減らしてみようかという話になりました。 自分の感覚としては、ADHDの諸特性よりも感情の起伏の方に問題の根っこがあるような気がしていたので、納得しその方針でお願いしました。 1mgに減らし2日経った辺りで、おしゃべりが幾らか増えたなと感じました。本来のこの子の性格が柔らかく出ていたように思えて親として安心しました。 服薬し2ヶ月を過ごす中で大きく改善されていた家庭内での色々な習慣は1mgになっても特に崩れる様子は見えていません。学校や学童での様子はこれから機を見て聞いてみようかと思います。 現在の状況はここまで。今後はこの場に追記していく形でメモを取っていこうと思います。 <2025.9.7追記> インチュニブを1mgに減らして1週間経った頃に、子どもに日中の眠気の変化について聞いてみました。すると「そんなに眠くない」という返答。それは最近のことかと質問すると、「もっと前から。アリピプラゾールを飲み始めてから眠くない」と今更ですが話してくれました。 周りの人間からは眠そうに見えていたものの、当の本人はそこまで眠いわけではなかったようです。 アリピプラゾールと眠気の関係は分かりませんが、とりあえずメモ。 インチュニブ2mg→1mg後半月経過の気づき(2025.9.17追記)インチュニブを1mgに減らしてから半月が経過。 親の視点から一番見えたのは宿題の取り掛かり。2mgの時は自分から最優先で学校宿題と公文宿題に取り掛かっていたのですが、最近はどちらも嫌々取り組んでいる感じです。 「やりたいこと」が「やるべきこと」より優先する感覚。自分もそうなのでよくわかります。 インチュニブのポジティブな効果を得ようと思うと、うちの8歳児の場合は2mgが適量なのかもしれません。 元々1mgに減らした目的が眠気の改善だったのでその辺はどうか。 今8歳児に聞いてみたところ、この2週間ほど、眠気はほとんどないとのこと。 勉強が頑張れる2mgと眠くない1mgだとどっちがいいんだろうねと話したところ、 「2mgだと逆に勉強頑張れないと思う。眠いと頑張れないから」 という返事でした。 本人の手応えと意見を最優先で尊重したいので、このままの様子であれば次回の通院時も1mgで継続しようと思います。 |
| 2025.09.01 |
朝学校に行けない娘と図書館に行こうとしたら月曜日は休館な件
月曜休館、多いですよね。 ![]() 月曜日に図書館を 土日が明けた月曜の朝、8歳児を起こしてもなかなか起きず、食卓に引っ張ってきたらご飯を食べられない。そんな状況がありました。 そして「学校行きたくない」と。そんなに深刻に言っているわけではないと思うのですが、親としては気にします。ノートを全く取らなかったり、教室で授業を受けられず廊下で寝転がったり机を蹴ったりしている子なので。いつ不登校の芽が出てもおかしくないぐらいの構えで見守っている状態なので。 なんだかダメっぽいので8歳児に人生初のズル休みを提案しました。で、一緒に図書館に行くことにしました。 江別の果てにある自宅を出て、嫁様が出張のキャリーケース忘れたのでそれを届けようと札幌駅界隈まで行き、そこでようやく8歳児が「お腹空いた」というのでコンビニに車を停めました。 コンビニおにぎりにがっつく8歳児。本来朝食を食べるはずだった時刻から1時間半遅れ。この子にはあと1時間半早く寝る必要があるのだろうと思います。そう本人に話したら納得していました。 さて本題。 月曜日は図書館が開いていないコンビニの駐車場でググったところ、ほとんどの図書館が開いていないんです。今日は月曜日。迂闊でした。こんな時は道立図書館か?と思ったのですが道立も月曜休みでした。 調べてみると札幌市中央図書館が開いていたので、車を15分ほど走らせて直行。ようやく安息の地を確保することができました。 子どものことを思うと月曜日こそ図書館をものすごく勝手な物言いになることは承知の上で。 月曜日ってできれば公共図書館には開いていてほしいなぁとちょっと思いました。理由は学校に行きにくくなった子の居場所づくりになるからです。 先日読んだ本『虹色としょかんのへびおとこ』の中で、学校で居場所をなくし不登校状態になった小学生中学生各一名が、図書館に居場所を見出して平日昼間に通うという描写がありました。公共図書館の一つの理想だなと思います。 で、1週間の中で子ども達の足が学校に一番向かなくなる曜日はいつかと思うと、きっと月曜日なんじゃないかと。夏休み明けほどではないにしろ、土日休んだ次の日って学校行きにくいと思うので。 なので月曜日はできれば図書館に開いていてほしいなぁと思います。 蛇足 札幌市中央図書館の感想せっかくお邪魔したので中央図書館の感想を。行くのは初めてでした。 駐車場は80台ほど収容の大きさ。平日10時ごろに行ってまだ空きがそれなりにある状況でした。 1階が児童向け一般向け。2階は入っていませんが館内マップを見る限りレファレンス目的の場所なのかな。 児童向けのコーナーは本棚一つ一つに通し番号がついていて、それとはまた別にNDCによる分類も振られていました。大人はNDCで本を探し、子どもは本棚の番号を手がかりに持ち出した本を戻す使い方が便利そうです。9類以外は88、47など2桁分類でした。 2階の読書室が良かったです。閲覧室の少し手前にあって、衝立つきの机が80席ほど。コンセント類はありませんが、読書のほか学習や仕事にも使ってよいと張り紙がされていました。これはありがたい。 地下一階にレストランがあったらしいのですが行けずじまい。気になります。 流石に江別岩見沢界隈からは遠すぎますので、そう何度も来ることはないと思いますが良い図書館でした。市電と公園とヴィクトリアステーキに隣接した良い感じの環境です。もし1人だったら一日中いただろうなぁ。近くに図書館のある生活がしたいものです。 |
| 2025.08.27 |
『虹色としょかんのへびおとこ』(櫻井とりお)読書感想
前からおすすめされていた一冊。もっと早く手をつけていれば良かった。 ![]() 手に取ったきっかけ知り合いの司書さんから強く薦められたのがきっかけ。 自分が今勤務している小学校のある自治体には小さめの公共図書館があって、一町一校のうちの学校とちょくちょく繋がりを持ってくれています。資料の一元管理とまではいきませんが、週に一度いい感じの本を選書して小学校に運んできてくれていてめちゃめちゃ助かってます。 自分は図書担当なので司書さん達が来るたびに顔を合わせて 「そういえば虹色としょかんってもう読みました?」 「先生は絶対ハマると思います。おすすめです」 まだ読んでないんですか!?的に念入りに紹介されたので、近所の蔦屋書店で見つけて買ってきました。が、その後読む優先順位をあげられずに数ヶ月積読状態に。ようやく手を伸ばして読み始めてみたらとんでもなく面白い話でした。 物語の要素
感想自分が司書教諭の単位取得のため大学の講習を受けた際、「弱者が図書館で知識を得て社会で自立できるようになる姿こそが図書館の存在意義なのだ」とか「図書館は自由な場所だ」「真理が我らを自由にする」といった理念や理想を叩き込まれました。無理やり詰め込まれたものではなく、その一つ一つに心から納得し吸収した良い思い出です。 そんな視点から見たこの物語、主人公の「ほのか」が作中で辿った歩みはまさしく図書館の理念が体現されたものだったなと思います。迷い込んだ図書館で居場所を見つけ、本の世界を知り、それを通し内面を成長させ、やがて社会にもう一度自分の足で立とうと巣立っていく。図書館の存在意義の幾つかがそのまま体現されたような話です。 作中で図書館の理念を説教臭く語っているわけではありません。描かれているのは何気ない図書館の日常。その所々にささやかにメッセージが込められているような感じです。自分にこの本を紹介した司書さんが「わかる人にはわかる」と言っていた意味が理解できる気がします。たしかにこの物語を読むと自分の中の「図書館とは」と照らし合わせたくなる。わかるというか、色々考えてしまう一冊だと思います。 物語終盤の図書館に訪れる経営上の変化は現実の公共図書館に関わるニュースで目にしたような気がします。この業界のトレンドなのかもしれません。作者の方は実際に公共図書館に勤務されていたそうなので、そういった自分たちの身分に関する話題も物語の中で語りたかったのでしょうね。自分も仮に教員系の物語を書けと言われたら、プロットこそポジティブにまとめつつも、教員のなり手不足問題等はきっとどこかに含めるだろうなと思います。 タイトル「虹色」について。どんな意図が込められているのか、あえて調べていないので公式見解は分かりません。自分は作中に出てくる「色を使った様々な表現」なのかなと思っています。「灰色の図書館」「赤い金魚」「緑の司書」。あと何かあったかな?とまぁそんな物語を強く彩っている色の表現を一つの物語にまとめて「虹色」なのかな〜と。自分としてはそれでしっくりきています。 ありがたいことに「虹色としょかん」はシリーズものなので、できるだけ近いうちに時間を見つけて次の話を読んでみたいと思います。今回買ったこの本は「なんか面白い本ない?」と日々追求してくる図書委員の子達にこっそり勧めてみようかと企んでいます。 引用
真理が我々を自由にする。そんなメッセージが伝わります。ほのかの内面に変容があったのはきっとこの辺り。迷い人が社会に立つ気概を手に入れる瞬間。
原作、ドラマ、映画、改変、改悪… そんな日々世間で繰り返される論争に対する一つの回答。まず原作ありき。そして他のメディア展開は一つの解釈として楽しむ。ああ、それでいいんだな。自分はこの一節がとても腑に落ちました。ストン。 まず原作にあたるという姿勢を自分は常々心がけているのですが、そのうえで積極的にアニメドラマや映画にも触れてみたいなと思えました。ブルージャイアントみたいに素晴らしい映画化とか実際にあったわけですし。楽しもうとする姿勢で行こうと思います。
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| 2025.08.23 |
スシロー江別店がリニューアルされていて今後通いそうです
回転寿司各チェーンのいいとこ取りのような店舗設計でした。 2025年8月23日、スシロー江別店に行ったら全面リニューアルされていてびっくりしました。 とりあえず写真を。 ![]() テーブル席に巨大なディスプレイが設置されていました。タッチパネルです。 画面内を寿司が流れていくのははま寿司のやり方ですね。子供が気に入ってました。 画面には左半分と右半分それぞれに寿司を選んで注文するコーナーがあります。テーブルのそっちとこっちで別々に注文作業を進められるわけ。これは便利です。 スマホでQRコードを読み込んでスマホから注文することもできます。これはくら寿司のやり方。画面から離れた席に座った人もこれでストレスなく注文可能。素晴らしい。 レーンも変わりました。厨房から自分のテーブル専用のレーンまで直通で寿司が届きます。従来のスシロー方式だと他のお客さんが間違って取っちゃったり自分が取り忘れちゃうことがありましたが、今回のこのレーンなら大丈夫。素晴らしい。 我が家は開店寿司といえばテキトーに食べる時は岩見沢の魚べい、豪華に食べる時はトリトン江別店が主でした。が、今回のリニューアルでスシロー江別店が一気に我が家の寿司チョイスの上位に躍り出た感があります。 ![]() これはマグロのフェアのメニュー。スシローはフェア系のメニューが美味しいですね。 江別のスシロー、かなり良いですよ。また行きます。 |
| 2025.08.22 |
iPad mini用のペーパーライクフィルム、筆圧でグリップを作る系のは自分には合いませんでした
iPad mini7を買って2週間が経ちました。使い勝手の良さに感動しつつ教員仕事と趣味の時間のどちらにも使い倒しています。今のところ2025年買ってよかったモノランキング1位です。 さてタイトルの件。iPad mini用のペーパーライクフィルムを探しています。主に仕事でスタイラスペンでの書き込みを多用するので。綺麗な文字を書きたいというよりは、ストレスなくサササッと字や絵、線を描きたいなぁと思っています。 ペーパーライクフィルムでググってみたりnoteのレコメンドを追ったりしたところ、とりあえず一つの製品に辿り着きました。少し悩んで購入。これです。 ![]() ペン先が削れにくいのがメリットと紹介されていました。ペンで紙を押し込むような感覚が良いという。 実際使ってみた感想は次のとおり。
ペーパーライク系といえばヤスリのようなザラザラ感がちょっとだけするイメージがありますが、この製品はザラザラ感が全くなし。ビジネスデスクに敷くマットのような手触りです。 これは主観ですが、指紋などの汚れが若干つきやすいような気がします。気がするだけです。 この製品の特徴である、ペン先で紙を沈ませるように書く感覚。それは確かに感じられます。筆圧を強めて書き込むと安定した字が書けました。 今後ですが、機会を見て他のペーパーライクフィルムを探してみようと思います。自分のニーズは弱めの筆圧でサササッと書くこと。手触りがザラザラしていてもいいので、ペン先が削れてもいいので、自分のニーズを満たすペーパーライクフィルムを探す旅を続けようと思います。 エレコムのこのフィルムは筆圧が強い人にはベストマッチだと思います。まさしくセールスコピー通りの沈み感ですので。 追記。「上のフィルムを剥がさずに使っていただけ」でした。 ちゃんと剥がせば良い描き心地の良いフィルムでした。なんか色々言っちゃってすみません… |
| 2025.08.18 |
こんな世の中だからブログは続けていたい
なぜブログを書くのか。改めて整理してみます。 ![]() 動画とAIの時代だからこそ 自分のブログを書いていたい 久々にこのブログに帰ってきました。で、さっそく一筆書いてみました↓ 404 NOT FOUND | 北の川辺の開架書庫 思考のログ置き場として tabisen.net サクサクっと気楽に書くことができました。今日の思考をそのまま流した感じでした。 戻ってきた理由さて… なぜ放置状態だったこのブログに新規記事を投稿したのか。 その出発点は、調べ物をしようとググったら自分のブログがヒットしたことです。 夕飯の準備をしようと思い、鶏肉を一気に消費できるバターチキンカレーを作ろうとレシピ検索をしました。すると出てきたのは自分が過去に書いたこの記事です。 ホットクックでバターチキンカレー作ったメモ 家族から大反響だったレシピの調理メモ 北の川辺の開架書庫 2024.03.05 自分が書いた文章のわりには求めている情報がサッと拾えて読みやすい記事でした。 そこでふと思ったんです。 ブログって自分用のメモとして優秀だなぁと。 なんも普通にメモアプリ使えばいいじゃんって言われればそれまでなのですが、そこはほら、やっぱブログって書いてて楽しい面もありますし、何よりネットの海に飛び込んだら偶然自分の文章とばったり会ったなんて体験、やっぱ面白いですよ。 今回自分が助かったように、自分以外の誰かがこのブログの文章から何かの情報を拾って帰っていると考えるとそれも強烈な面白みがありますし。正直良い気分です。 で、このブログをどうするのか今後このブログは高頻度で更新していこうと思います。 かつて自分は何度も何度もこのブログの更新を途絶えさせました。その理由はだいたい次のような感じです。
要はブログに利を求めすぎていたんですよね。仕事辛かったし。ブログから5桁6桁の収入が発生した事実が心から幸せだったし。ブログに未来を見ていたんです。 で、自分の文章に求めるハードルが上がりすぎて、筆が進まなくなって、やがて更新頻度が減っていく。そんな感じです。 今後ですが、自分の気づきとか学びとか単なる日記とか、そういった文章を気楽に書いていこうと思っています。自分用のメモのような感じで。それこそ今回役に立ったバターチキンカレーのレシピのように、自分が「あれなんだっけあれ」ってなった時にブログに来て検索かけてメモを見つけるような場所にしていこうと思います。 読んだ本から学んだこととか、子育てで悩んでいることとか、そんな自分の脳みそが体験した記憶ひとつ一つをそれが消える前に形に残しておきたいです。 カネの匂いしかしない過去の記事は結構消しました。自分が書きましたと自信持って言える文章じゃなかったので。一方、今読んでも感慨深い記事もまたたくさんあって、赤ちゃんだった頃の子どもとの思い出とか、旅行とか、人生に真剣に悩んでいた頃の自分語りとか、面白かったです。懐かしくて。なんか良かったです。 これから書いていく日常の文章も、自分が年老いた頃に読んで同じ気持ちになるんだろうと思いながら、そんな目的も添えて書き続けていきたいと思います。 でもやっぱ承認欲求もあるんでしょ?そりゃああります。自分が書いた文章が多くの人の目に触れるってのは気持ちの良いものです。 そこで、記事を書いていて「これは特別世の中に向けて発信したい内容だな」と感じたものだけをnoteに転載しようと思います。類似コンテンツはSEOで不利になりますぜ…みたいなブログノウハウがかつてありましたが、今はもうSEOを気にする時代じゃないと思うので。好きにやります。そもそもそういうことを考えすぎた結果筆が止まったのだから。アルゴリズムと戦うのはやめて好きにやりましょ。自分の魂に従うんです。 こんな世の中だからブログは続けていたいこんな世の中。YouTubeが情報発信界を席巻し、文字による情報はAIが拾い集めてパッキングしてしまう世の中。 自分はYouTubeを使った情報収集が好きじゃないです。さっさと情報を拾いたいのにダラダラと見せられている感じがとても嫌な感覚なので。YouTube発信側としては少しでも再生時間を伸ばしたいのだと思いますが、それが見ているこちら側には苦痛なのです。 もちろん、YouTube独特のレコメンドされた動画との偶然の出会いはあれはあれで面白い体験ではありますが。 だからこそ文字で情報発信するこだわりは持ち続けていきたいです。サッと情報を拾っていってください。 AIが文章を書く時代ですが、そんな時代だからこそ、「あなたの書いた文章だから信用するよ」と言ってもらえるようなブログ書きを目指していきたいと思います。 できれば死ぬまでブログを書いていたいもんです。今の自分にとって、ブログとは生きる術ではなく趣味であり自己表現の一つです。 |
| 2025.02.12 |
【読書メモ】リラの花咲くけものみち
![]() 江別の蔦屋書店で入り口に平積みされていたので手に取ってみました。 江別市のランドマークである酪農学園大学が舞台になっているとあって、面白い読書体験ができそうだなぁと買って帰りましたが、実際没頭してあっという間に読んでしまいました。 物語の要素(独断&偏見)
感想(ネタバレ前提)主人公である聡里の世界に少しずつ色彩が戻っていくような物語。読み始めはグレー。大学入学に伴う引っ越し作業という、人生の中でも特に明るく希望に満ちた瞬間であろうその日が舞台なのに、最初の10ページぐらいからは陰鬱と不安を抱く人物像が浮かびました。 様々な事情からそのようなスタートラインに立っていた聡里が大学生活の中で様々な影響を受け、だんだんと心に芯を立てて自分の人生を取り戻していく流れがこの物語の美味しい部分だと思います。それこそ読みながら脳内に思い浮かべていくであろう聡里の世界に灰色から少しずつ色が増えていく感じ。 江別の街に土地勘があればより具体的に情景を想えますが、別に知らなくても読んでて問題はないです。メインはあくまで聡里の目から見える小さな世界であり人間模様なので。言ってしまえば、架空の大学さえ設置してしまえば北海道のどの街でもある程度成り立つ物語。 それでも江別暮らしの身としては、知った国道や駅名、街のランドマークである酪農学園大学の具体的な描写が出てくると嬉しいもので。江別に縁のある方であればきっと刺さる一冊だと思います。 だんだんと幸せになっていく聡里の生活を見ているのが楽しい。だから続きをどんどん知りたくなる。そして唐突気味に訪れる物語の終わりに驚き、もっと続きはないのかな?と願ってしまう。そんな感想です。 続き、読みたいなぁ。 引用メモ
コツコツと取り組む。これは学校現場でもよく使われる表現であり子ども達に求める姿でもあります。でも、そこからもう一歩だけ言語化を進めるならば、「こうありたいという理想を持って、そこに向かってのコツコツ」になるんだなぁと。目標と継続。継続こそ美徳と扱われがちな学校ですが、何事もまずは目標設定こそがキモなのでは。 物語冒頭の時点では理想目標を持てていなかった聡里が学生生活の中で様々な理想に触れ、最終的に一つの生き方に繋げるという過程には、人が目標を見出すことの難しさを考えさせられます。
理性と諦めというリミッターを扱って確実に生きる日常の中に、それらを外して一か八かを戦う瞬間が人生にはあるもので。受験、ビジネス、恋愛、さまざまな場面で。
経済力が弱くなったと同時に自由の狭まりを感じた経験があります。教員を辞めてその日暮らしをしていた時期。自由を得たようで実は何も自由ではなかった。カネこそが自由を生み出す源であり、自由という時間を彩る絵の具でもある。自由だけじゃいけない。安定も揃えて初めて本当の自由を感じられると思っています。
何者かになりたい。そう誰もが焦っている時代なのではないでしょうか。自分に何ができる?自分は何を持っている?資質は?才能は?積み重ねたものは?それを知りたければ、自分が何に時間を使ってきたのか、何に没頭してきたのかを振り返ってみることが、自分という店の棚卸しをする第一歩なのかなと思います。
至言だと思います。何でも1人でこなさなきゃって感覚に陥りやすい小学校教員は、子ども達にも同じものを求めてしまう。助け合いは甘えを生んでしまうと。何でも1人でやらせなきゃいかんと。でも思うんですよね。日常の授業から別に助け合っての進み方でいいんじゃないかなぁって。せっかく集団で教育を行うのだから、助け合いとか長所の発揮のし合いとか、そういう感覚を養いたいと思うんです。大人達の社会はそれこそ適材適所、資質能力に応じて神の見えざる手によって社会の各所に適切に配置されているわけですし。「迷惑をかけない」ではなく、「迷惑をかけている分、他のところで役に立つのだ」タイの格言でしたか、この感覚が大切なのではと。
わかります。恋愛を通して心に刻まれた言葉というものは、何十年経とうと耳からも脳からも消えません。 |












